第6回日本語部門選評


第八回 星と森国際短歌大会日本語部門選評


 第8回星と森国際短歌大会の歌題は「音」でした。
 音は、何かが動いた時に起こる空気の振動です。
 それは山が動く時の地鳴りであり、川が流れる時の水音であり、草木が戦ぐときの風音であり、また鳥獣虫魚の求愛や威嚇の鳴声であり、人の喜怒哀楽の声であり、特に人の心が強く震える時に生まれる歌声です。そして音楽。さらに、人間が作った道具や機械の音、都市の騒音があります。
 人は、その周りにあるいろいろな物が出す音に囲まれて生きています。周囲にある物自体が生活環境であると同時に、その周囲の物が出している音もまた人の生活環境をなしているのであります。(音は、物ではなく、情報であるので、音は「情報環境」と呼ばれています。)
 人は、熱帯雨林や山村の自然の音を聴くと、脳のα波が増えて、快く安らいだ状態になります。しかし、工場の機械音や都市の騒音の中に長くいると、重いストレスを受け、神経症をはじめ、胃潰瘍や癌になることがあります。また、全く音の無い環境に置かれると、非常なストレスを感じ、精神に異常を来たし、遂には死に至ることもあります。
 このように、音は、人の健康や生命にも係る重要な生活環境である、ということが、近年強く意識されるようになって来ました。
 今日、次第に悪化する音環境の中での生活を余儀なくされている現代人が、歌を詠むとき、どのような音をモチーフとし、どのような歌を詠んでくるのか、ということに、私は少なからぬ関心を抱いていました。
 今回、音を詠んで応募された短歌は、三千首を上回り、そこには、実にさまざまな音が詠み込まれていました。先に分類して揚げました音の数々が、ほとんど万遍なく含まれていました。中には、胎児の心音や骨壷の中の骨の音や帯を解く音など、想定外の音もありました。
 しかし、全体としての今日的な傾向というものは、予期に反して、感じ取ることはできませんでした。それがどうだ、ということではありませんが、ここで、やはりご報告しておきたいと思います。
 それでは、次に入選歌といたしました短歌三首について、申し上げます。





星と森の副賞   香川県 薮内眞由美
アメリカの 娘に花火の 音を贈る 受話器を高く たかく掲げて

 アメリカに滞在しておられるお嬢さんに電話で、日本の花火の音を聞かせようとして、受話器を空に向けて高くかたく掲げた、という大変分かりやすい歌です。少しぐらい高く持ち上げても、大した違いはない、と思うのですが、ご本人としては、結構、一所懸命、まじめに、思わずやってしまったのでしょうか。お母さんの誠実なお人柄が浮かんでくるようなユーモラスな歌です。お母さんに、いきなり高くたかく上げられた「受話器」は、びっくりして、慌てて、「送信機」に変身したのではないか、などと思ったりいたしました。




星と森の大賞   徳島県 関 政明
ああ、あれは 母の来る音 つえをつく 音が病臥の われに近づく

 長期療養中の関明さんの歌です。
 ああ、今、あの音が聴こえて来る。あれは母の来る音だ。杖をついて、ゆっくりと、歩いて来る音。その音が、病に臥するこの私に近づいて来る。
 冒頭の「ああ」という感嘆詞に込められた重く複雑な感慨そして、「母の来る音」、「つえをつく音」と、音をたたみかけるように詠み、その音だけで、母の来訪を強く描くことによって、聴く者の想像を強く喚起する。近づいて来る母の姿とともに、その母を迎える「われ」(私)の心境をも彷彿とさせる、重く力ある歌です。
 今回の大賞としました。




特別賞   岐阜県 植村優香
おばあちゃん お手玉の音 やさしいね 元気になったら いっしょに遊ぼ

 小学校三年生の植村優香(8歳)の歌です。
 怪我のおばあちゃんを見舞って呼びかけた言葉が、そのまま短歌になった、という歌です。作った歌ではなく、ひとりでに出来てしまうような歌です。おばあちゃんに話している優香ちゃんの元気な声がお手玉の音と重なって聴こえて来るようです。
 子供の絵にも、時々こういう感じのものがありますが、ここに歌の初心、歌の原初を観る想いがいたします。
 前例のない年少者の歌への対応でありますが、このとても優しくて元気な歌に特別賞を差し上げることになりました。






 以上をもって、選評といたします。
平成十八年七月二十三日  選者 中島 宝城

第八回結果発表にもどる

トップへもどる

Copyright(C)2001 Hoshi-to-Mori, All Rights Reserved.