第6回日本語部門選評


第七回 星と森国際短歌大会日本語部門選評


 「衣」は、食、住とともに、人の生活に必須の物であり、普段、馴染みの深いものでありますので、今回は、応募数の増加が期待されましたが、前回とほぼ同数という結果でありました。

 また、内容としては、「ころも」、「きぬ」という古い訓みにこだわったためか、更衣(ころもがえ)、天人の羽衣(はごろも)などを詠んだいささか古めかしいもの、または説話やメルヘンのようなものが目立ちました。いずれも軽い思いつきの域に留まり、採るべきものではありませんでした。もっと、日常、身に付ける衣服、着物を素材やモチーフとした生活の実感に根ざした歌を詠んでほしかったと思います。

 中には、戦中戦後の物資不足の折、母親となる人が自分の着物を解いて、生まれて来る赤ん坊の産着を縫ったという歌や、重病や老齢の女性がもう着ることもないであろう着物の形見分けをするという歌など、哀しく心に触れるものもありました。しかし、実際に声に出して歌ってみると、意外にも、その感銘は弱く薄らいでゆくのでした。残念ながら、歌の内容に伴うべき言葉の調べや声の響きにどこか欠けるものがあったのかと思われます。

 冠婚葬祭などの晴の場における礼装に就いては、良いモチーフが得られたはずですが、これを詠んだ歌が少なかったことも意外でした。中に、婚礼衣装を詠んだ歌が数首あり、やはり捨て難い力がありました。

 都合、三次にわたる選歌と関係者との協議の結果、今回は、先に披講しました二首を入選歌と決定いたしました。





副賞は、徳島県の「山本 枝里子」さんの歌
ふる里の 野に栴檀の 大樹あり 風の衣を まとひてをりぬ

 故郷の野にたつ栴檀の大木の存在感を大らかに詠んでいます。栴檀の木そのものが香っているのでしょうか。その大樹の一本の幹、数百、数千の枝、梢。そして無数の葉の繁りの全体が醸し出すふん囲気、佇いを「風の衣をまとひてをりぬ」と表現しているのは、平凡ではありません。巧い言い回しとも言えましょう。
 しかし、少々、難を申せば、上の句では、「大樹あり」と、きっぱりと現在形で言い切っておりながら、下の句では、「まとひてをりぬ」と、過去形に変えております。何故か。何か理由があったとしても、このために、一首に破綻が生じ、歌の力が弱くなってしまったことを否めません。惜しいことであります。




大賞は、山口県の「松浦 ヤス子」さんの歌
婚遅き 次郎のシャツの サワサワと 陽に乾けるを 胸に集むる

 いい年になったのに、まだ結婚していない次郎の洗濯物を、お母さんが取り入れている。シャツはサワサワと陽に乾いており、これを胸に抱き集めている。目に見えるような誠に解りやすい描写であります。しかし、お母さんの胸のうちは、解りません。きっと、いろいろ有るに違いないのに、一言も言っていない。これがこの歌の良いところであり、作者の優しいところでありましょう。実に明るくて潔い。歌の調べも響きも爽やかであります。

 実は、この歌は、第三次選の段階では、それほど上位には置いておりませんでした。しかし、他の歌と比べるために何度も声に出して歌っている間に、次第に歌の力が顕れてきたというのか、とうとう大賞に決まってしまいました。

 人の心をうつ力を持った歌であるかどうかは、声に出して歌うことによってこそ試され、明らかになってくるということを、私はこの歌で改めて実感いたしたのでありました。






 以上をもって、選評といたします。
平成十七年七月二十四日  選者 中島 宝城

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