
第七回 星と森国際短歌大会英語部門選評
ー「衣」という歌題にて ー
短歌は古来のそしてとても高貴な歌の形式の一つです。それは短いーー5行の中に5ー7ー5ー7ー7の形式に、きちんと配列された31音節を用いただけの詩です。詩人は、見たところ堅ぐるしく、不自然な形式を用いねばならず、その上で充分に心して言葉を選び、歌に生命を与える様ーー正しい位置に正しい言葉ーーを心がけるべきです。
けれども、短歌は又音楽的な表現形式であることも忘れてはなりませんので、私達は用語のリズムや音色にも注意を払うべきです。私達は、短歌に人間の声で話させたり、歌わせたり方法を、そしてアイデアや思想が真実の声として聞こえる術を知るべきです。
そこで短歌の厳格な音節的形式が、詩人に真に創造的な挑戦を提供する事になります。その事は、たとえてみれば木や氷の塊に、詩人が自然な姿を注意深く彫刻する様なものです。中でも特に、それは真に音楽的な形式で、歌や祈りの様にすらすらと流れ出て、各行がたやすく自由に次の行へと進んでゆくべきであり、こうして優雅でリズミカルな統一体(全体)を創造すべきです。
短歌の中には生命が眠っています。私達は敬意と愛情を込めて取り扱い、印刷された字体や手書きの文字の沈黙から、その魂を目覚めさせ、心の底の神秘を語らせるべきです。けれども短歌を、それ自体が持つ不思議な力を備えた神秘的なリズムで表現する、生きた有機体の様に感動させ歌わせる迄には、多くの失敗を伴う長年に渉る練習を必要とします。


私は注意深く、又非常な関心を持って、今年の選ばれた短歌を読みました。歌題の「衣」は多くの可能性を提供し、そしてすぐに想像力に多くの詩的イメージを連想させます。けれども、それは又美しいドレスや優雅な衣服の様に、外観に厳格な注意が求められる主題でもあります。詩人は、彼又は彼女自身を、言葉や意味それに生地のスタイルに合わせて選んだ型を、着なければならない誰か、として考えねばなりません。
競技に投稿された大部分の短歌は、歌題の基礎をなす意味を真剣に考えずに作られた様に見えます。その外の作品は、感情に於いて余りにも私的であり、従って感動の深さを欠き、壊れやすい感傷的な事やはかないロマン主義に味方して、優れた形式の感覚を失っています。私は又多くの作品が不注意に間違った英語で書かれている、と言及する事を残念に思います。私は、いい加減な表現のため、優れたアイデアが台無しになった事を、何とも気の毒に思いました。
とうとう、私は第一位の大賞に値する短歌はなし、と決定しました。ここに私がかろうじて最終的に選んだ、3首の入賞歌があります。 |
| 1) |
lying here and there
the soldiers' naked bodies
along the roadside
stripped of their guns and clothing
sand and sunlight gilding them. |
(大意) |
ここ彼処に横たわる
兵士等の裸の死体
路傍に沿いて
銃も衣服もはぎ取られ
砂と日射しが金箔を着せる |

| (この良く出来た短歌の持つ、独創性と、「衣」という歌題を巧みに反転させた皮肉に心をうたれました。歌の構成面で弱点を感じました。例えば、「路傍に沿いて」で始めて先ず場面を設定し、「ここ彼処に横たわる」をその代わりに3行目に置くと、遥かに良かった事でしょう。とは言っても、歌の流れはすらすらと大変結構です。) |
| 2) |
His shabby monk's clothes
Replaced with the finery
Of a head abbot,
How can Crazy Cloud make love
In such stiff brocaded robe? |
(大意) |
彼のうらぶれた修道士の衣服
取り替えたのは修道院長の
華美な装い
どうして夢中になった雲が
堅い錦織りの衣で愛撫出来ようか |

| (私は二種類の衣服の対照を反映した、この短歌の形式にたいする感覚を好みます。けれども "Crazy Cloud ー「夢中になった雲」" の名前に就いては、何か説明が必要です。ここではイメージが手がかりの様に思われます。(例えば華美な装い)。"Robe" ーーは robes です。) |
| 3) |
Every drawer thrown
Open, spilling on the bed
And across the floor
But within this disarray
Lays an outfit for today. |
(大意) |
どの引き出しもさっと
開けられ、ベッドの上や
床を横切り、投げ出されている
けれどもこの乱雑さの中に
今日の身支度一式がある。 |

| (女性の衣装箪笥の、かなり生き生きとした描写で、一行目の終わりで形容詞と動詞の間に印象的な「断絶」があり、それが混乱と乱雑を暗示しています。けれども私は、三行目と終わりの二行との隔たりは、簡潔な短歌の形を台無しにして、好むところではありません。そして "Lays(横たえる)" は、正しい英語の用法ではなく、"Lies「ーーの状態にある」であるべきです。 |
James Kirkup
ジェームズ カーカップ |
署名 |
訳責:起本 操
翻訳日:2005年6月20日 |
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