第6回日本語部門選評


第六回 星と森国際短歌大会日本語部門選評


星と森国際短歌大会日本語部門の選者を
今回から正式に承りました中島宝城でございます。

 星と森国際短歌大会は、平成十一年に始まり、今年で第六回を迎えました。回を重ねるたびに、歌の応募数は、少しずつ増えて、昨年は約一千首となりました。そして、今年は一挙に三千首となりました。歌の水準も、また少しずつ高くなってきましたが、もちろん一挙に三倍になるという様なものではありません。とにかく、今回、この大会の短歌の応募数が三千首となったことを、喜びたいと思います。
 今年の歌題「鳥」は、伝統的な歌題である「花鳥風月」の中の一つであります。鳥は、私どもの日常に親しいものでありますが、古来、その飛ぶ姿は時空を超える自在なものの象徴であり、また、なかでも白鳥や鵠や鶴などの鳴き声は遠い他界から神秘な力をこの世にもたらすものとして畏敬されてきました。これは、詩歌における単なる修辞の事柄(レトリックの問題)ではありません。
 遠い古から日本人の心に浮かぶこのような鳥の姿や声を同時代の歌詠み達はどのように思い描き、歌うのであろうか、私は大いに楽しみ、待たせていただいたのでした。





先ず、星と森副賞第二席のブラジル国サンパウロ州「さわ たけを」さんの歌
浮草に そぼふる雨の パンタナル 水鳥の声 うるみて暮るる

 この歌に詠まれている情景は、このブラジル最大の湿原湖沼地帯であるパンタナルでは太古の昔から続いている情景かと思われます。移住者であったさわさんにとって初めは異国の景色であったものが、長い年月の間に何時しか心の原風景となってしまっているのです。それを佳しとする満ち足りた安らぎの境地が伝わってくるようです。詠者が新天地で体験したであろう様々な労苦や悲哀は、昇華されて、今、広く遥かな湿原に在る作者の長く深い詠嘆が、水鳥の声となって聞こえてくるようです。
 さわたけをさんに、入選のお知らせをしましたところ、この五月に亡くなられていたことが分かりました。本日、ここで披講されましたパンタナルの水鳥の歌は、奇しくも、さわさんの「白鳥の歌」となりました。皆様とともに、さわたけをさんの御冥福を心からお祈り申し上げたいと存じます。




次に、副賞第一席の群馬県「冨加津 和男」さんの歌
遺書を書く 特攻兵の 舎の軒に 燕は雛を 育みてゐつ

 死を覚悟し、その運命を受け入れた者にのみ開かれてくる世界があります。それは、古今の詩歌、音楽、絵画などにおける最も強く重い動因(モチーフ)となっております。
 冨加津さんは、その時を「燕は雛を育みてゐつ」と直叙されました。この結句には、全く迷いがありません。このことから、確かにここに「遺書を書く特攻兵」は、十七歳の少年であった詠者自身であることが直感されるのです。

命の全けむ人は たたみこも、平群の山の熊
白檮が葉を、髻華に挿せ その子

 自らは死に逝くが、命つつがなきものに幸あれ、とするその心は、あはれはるかなる昔の倭建命の物語を思わせ、私ども日本人の死生観や美意識に訴えてくるものがあり、深く強い感動を禁じ得ません。誠に力ある歌と存じます。




最後に、星と森大賞の滋賀県「石田 絢子」さんの歌
万象は 翡翠の湖に 映りをり うつつに杳き 白鳥の声

 緑の森と山、その上の青い空と白い雲、そしてその他の森羅万象ことごとくを、澄明な翡翠の湖が映している。そして、さらに、それは確かに現実のものではあるが、遥かに遠く、暗く幽かに白鳥の鳴く声が聞こえてくるのである。
 これは、単なる叙景の歌ではありません。これまでの長い人生の旅の中で、見聞きしてきた万般の事どもは、あるいは、もう思い出せなくなったものもあるが、この心の湖には、やはりその全てが映ってをり、そして、時折、その遠く奥深い何処かから、幽かな声が白鳥の歌のように伝わり聞こえてくるのである。そういった静かな心象風景が「うつつに杳き」という奇跡的な言葉に支えられた、際い均衡の下に、たち顕われてきているのです。詠者の並々ならぬ力量が現われた本格の歌であると存じます。
 なお、この歌の第三句「映りをり」から、第四句の「うつつに杳き」を経て、結句の「白鳥の声」までに、ラ行音「ラ」と「リ」が五つ出てきて、この静かな歌の声調に、深い響きを加えているのを聞きのがしては、ならないと存じます。






 以上をもって、選評といたします。
平成十六年七月十八日  選者 中島 宝城

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