第四回 星と森国際短歌大会日本語部門選評

 「海」というあまりに大きな歌題をどのように詠むことができるか、私たちは大きな関心を持ってのぞみました。あらゆる生命を生み育て、地球の大半を占める海をひとりの人間が詠むとき、多くの歌は観念に流されていくのではないかという危惧がありました。しかしその数は少なくとも、詠者の魂のリアリティが海をとらえる、そういう歌があることを信じて、選はすすめられてまいりました。





若布負ひ 海より上る 海女たちの 陽をふりこぼし 磯みちをゆく

 副賞二席に選ばれました、旭千代さんのこの歌は、誰の目にもその光景が映像として美しく浮かび上がってまいります。海女にとって海は、仕事の営みの場であり、本来ならその海との関わりを歌にするものを期待しますが、この歌はそれが終えた後の、日常の世界に戻っていく彼女らの後ろ姿がうたわれております。海を直接に詠まないことで、かえって海によって守られている海女の生活が伝わってまいります。海女の後ろ姿を「陽をふりこぼし」と詠んだところが非凡です。なお若布負ひ、ではなく、正しく、若布負ひて、とすべきと考えます。





 この海に 散骨されし 君なりき 波ひたひたと 足に寄せくる

 副賞一席に選ばれました上田一夫さんの歌は、遠い過去と現在とが歌の中に共存しています。上の句が過去のことをうたい、そのことを思い出させる海に、詠者ははだしで入っています。そこに無き者とのふれあいがたくまずして詠まれるのですが、寄せてくるのは波だけではなく、色々な思いであり、心に寄せくる波が感動を生じます。はじめ「足」という言葉を、「胸」や「我」または「岸」などにした方がよいのでは、という印象を持ったのですが、歌ってみてはじめて、実感の言葉であることがわかりました。





 魚でも 鳥でも人でも 無くなって 暮れてゆくまで 海をみている

 海が持つ何かの力でこの歌ができています。星と森大賞に輝やいた、松尾タイさんが見ていた海には、魚もいるだろうし、鳥は目の前を飛んでいたことでしょう。海を見ている自分を自覚はしているものの、主体なのかそうでないのかわからなくなるほど、個と海とは一体化していく世界が伝わってまいります。また、歌いすすむうちに次第次第に調べの力があらわれてきて、結句にいたって大きな海の前で無になっていく心境がはっきりとあらわれてきます。しかもこれはレトリックではなくて、この人が感じたままの事実である点が、この歌の力となっています。



 以上簡単ではありますが、入賞歌の選評といたします。
星と森国際短歌大会 日本語部門 審査部

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