第四回 星と森国際短歌大会−−2002年
論評 ジェームス カーカップ
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私にとり嬉しいことには、この第四回短歌大会へ投稿された多くの作品が、過去2年の間にこの行事で注目に値する特徴となってきた、短歌の質と範囲が次第に向上し、増加していることを保ち続けていることです。
ことによると、それは今年の歌題である「海」が、参加者に霊感を与えたのでしょう。古代ギリシャの初期や、ホーマーの有名な「濃いワイン色の海」の時代から今日まで、「東洋のギリシャ人」船乗り業の日本の冒険家を含む詩人達は、あらゆる姿で現われる海を愛し、崇拝し、そして恐れてきました。海は巨大で、高貴な詩的テーマであり、又多くの参加作品も、海のあらゆるムードに於ける、さまざまな様子の全てを表現していました。
私は参加作品を詳しく調べるにつれて、その古典的な形式から私達英国の短歌と呼び得る、ウイリアム ワーズワースの偉大なソネット(5歩格14行詩)から、次の行を思い出さずにはいられませんでした:
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天の穂やかさが海にたちこめる;
聞け! 巨大な存在が目覚め
その果てしなき動きで
雷鳴のごとき轟きを引き起こす…とこしえに…
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私は参加者のうち何人の方が、海にかかわる偉大な詩を詠んで、作詩の練習をされたか知りたいと思います。そのような作詩への準備は、素人や初心者にとり非常に貴重です。何人かの投稿者は、嵐の海、悲劇的な溺死や海のほとりでの子供の頃の追憶について作詩していました。他の人達の中には、海を溺死した人や嵐に翻弄された船の思いでなどを、胸に秘めている偉大な母と見なしていました。
(海の様な)莫大な自然の力を、短歌の様な手短な詩の形式に収容することは、大変な課題でした。その為か、主題の畏敬の念に満ちている壮観を納得させる方法で、何とかうまく連想させることが出来た作者は、ほとんどいませんでした。しかしそれでも短歌は非常に短いけれども、驚くほど適応力のある形式で、私達が古代の日本の詩人達の作品を読む時、詩人達は愛や花の美しさ、それに鳥のさえずりと同じ様に、海についてもしばしば短歌を詠んでいる事が分かります。短歌は簡潔でそれでいて優美であり、良い短歌を作る秘訣は、それが話し言葉の様に自然な音をかもし出すように作る事です。それは微妙で調子の良い流れを持ち、音楽的な感動とともに表現された、純粋で簡潔な思想を伴なうべきです。
日本人や日本人以外の人も含め或る作者達…は、作品の音節を正しく数える事が出来なかった事は明白です。勿論、専門家でも時には厳密な短歌の形式を勝手に変えることもあり、そして私達はなくした音節や余分のものを大目に見たりします。それは、専門家は通常音節を自分達の指で数えるのではなく、彼等は短歌の長さを十分に知っており、ほとんどいつでも、本能的に正しい数の音節を伴う短歌を作ることが出来るからです。
私は最近「記憶の茂み」と題する、今年93才で亡くなられた老練な短歌詩人、齋藤史氏によるすぐれた短歌700首より成る名詩選集を(三輪書店より)出版しました。彼女は短歌の天才で、若しそれが彼女の思考や心象によりよく合う場合、彼女はしばしばかなりくつろいだ形式を用いています。けれども彼女の誠実な翻訳者として、私は正確な31音節の形式を尊重する事が私の義務であると感じました。何故ならば、彼女は天才であり彼女と比べると私は素人だからです。それ故、今後大会に参加する人は、私の実例に従い、不正確と思う詩行を書かないよう望みます! 結局、31音節より成る短歌のすぐれた古典の形は文学の宝であり、私達はそれを尊重しなければならないし、出来る限り頑張ってそうするよう努力すべきです。
投稿歌の水準は毎年高くなってきていますが、残念ながら私は大賞に値する作品は無いと決定致しました。私は、初めてそのようなすばらしい名誉を贈ることが出来るしあわせな日を、楽しみにして待ちます。
ここに私が選んだ最もよい5首の歌と、それぞれについての短評があります。 |
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第一位
The smell of the sea
in the streets of my hometown
exactly the same
in this place far from my home
where no person knows my name
私の故郷の町の通りに
まさに同じ
あの海の勾い
私の故郷から遠く離れたこの場所、
ここでは誰も私の名を知らない
| この短歌は、何処に居ようと我々全てにおぼえがある人類共通の勾いにより、呼び起こされた故郷への郷愁に、とても感動をおぼえます。ことに詩句はその寂寥感、わびさびの点で心を動かされます。 |
第二位
Late in bed tonight
homesick for the coast -- husband
murmurs "It's like surf"
that soft throbbing distant roar
of traffic from the city
今夜遅くベッドで
海岸への郷愁を懐く…夫が
囁く「寄せてくる波の様だ」と、
柔らかに鼓動し遠くより聞こえくるとどろき
都市の車の往き来するひびき
| この短歌は楽しく、家庭的な魅力があり、又海に対する郷愁のあの感触を備えています。結句は驚きとなり、意外な事実が明かされます。 |
第三位
Some summer evenings
the Angelus bells still ring
from the rich city,
which the sea once swallowed up
many enturies ago.
夏の夕暮ゆたかな市から
あのアンジェラスの鐘が
なお鳴り響く、
かつて幾世紀も前海に
すっかり呑み込まれてしまった
あの市から。
| この脳裏を去らないアンジェラスの鐘の音には、遠い昔の歴史や伝説の感じがあり、読者にクロードドピュッシーの消滅した大聖堂を連想させます。 |
第四位
Waves slowly erode
clifftops where we used to play
as carefree children.
I sit by your grave and hear
seagulls calling with your voice.
波がゆっくりと私達が
のびのびとした子供の頃よく遊んだ
崖の頂を浸蝕する。
私は貴方の墓のそばに座り
かもめが貴方の声とともに
呼んでいるのを聞く。
| 海のそばの幼年時代の記憶を呼び起こす、とても感動的な歌で、又晩年に海がもたらす悲しみを歌って心を打つ一首です。 |
第五位
A grown-up once said
reflected colour of sky
makes the deep so blue.
But I do not believe it.
The deep is bluer than sky.
かつて或る大人が言った
空の色を映しているから
海はあんなに青いと。
けれど私はそれを信じない。
海は空より青いのだ。
| 私はすぐにこの単純に見える短歌に引き付けられ、美しさにうっとりさせられました。というのも、その誠実さと子供のような想像力の新鮮さの故です。私は全ての科学的な大人の論理に直面して、自身の考えに忠実である作者に感心します。そして短歌は又、機知に富んだものとなり得ることを、はっきりと示しています。 |
James Kirkup
ANDORRA
ジェームス カーカップ
アンドーラ |
署名 |
翻訳:起本 操
年月日:2002年5月12日 |
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